社会保険労務士試験 合格体験記

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「徹底した自己分析と選択式トラウマからの脱出」
東澤京子さん


【はじめに】
 私は、9回目の受験で合格することが出来ました。受験回数も多い分失敗も多く、その失敗の質も、初学者の頃と合格年では異なっていると思います。簡単に受験経過と失敗のポイントに触れさせて頂き、とりわけ合格年に取り組んだ点をお伝えしたいと思います。

 ただその中身は、井出先生、講師の先生方のご指導と同じと思います。井出先生のアドバイスを自分なりにいかに具体化するかです。目新しいものはないのですが、ほんの少しでも参考になれば幸いです。

T 闇雲に通学の1年目・2年目
【1回目H11年 =初学者でも本気で合格を考えるべし=】
 初めての受験は、H11年にK学院に通学しました。仕事も畑違いの業界であり、法律の仕組みどころか、用語の定義すら分かっていませんでした。復習も追いつかないまま、本試験も「受験してみよう。」という気持ちでいて、「合格しよう。」という意識はなかったと言ってもいいでしょう。初学者の陥りやすい感覚だったかもしれません。

【2回目H12年 =自分が消化できるボリュームをつかむべし=】
 K学院を継承する形で開かれたT学院とL社M講師の講義に通いました。M講師の「あっという間にわかる〇〇」やわかるシリーズの教材は、出版される度に購入したものの、結果活用はできませんでした。当たり前ですよね?二校も受験校を掛け持ちする人は普通いないでしょう。教材も買うだけでは意味がありませんし、活用する間もなく次から次へと出版され、出版ペースに学習サイクルが合うはずがありません。時間と費用と労力だけがかかり、学習効果は得られず不合格。「気をつけろ。本屋の書棚に通うより、学習ペースをまず築け」でした。「直前期に新しい教材に手を出さないこと。」これは鉄則です。私の場合は、直前期に限らなかったわけです。

 ただ、択一が自己採点で8点上がっていたことに妙な達成感を感じ、「学習を続ければ合格するのではないか?」と初めて合格のイメージを描き始めました。この頃、社労士Vを購読し始めました。合格を意識し始めたものの、これではいけないと感じ、社労士Vに小さく出ていた長野県のA社労士事務所の「Iターン」求人欄に連絡してみました。「社労士事務所で働いて、少し実務に触れていたほうがいいのではないか?」そんな思いでその事務所の先生に話を聞いて頂き、勧められたのがIDEでした。「合格を目指すならその環境に身を置け。受験校ならIDE。」と、A先生も井出先生の講義を受けて一発合格した体験をお話しして下さいました。職場異動もあり、通学できる環境でなかったため3回目に向けて、IDE通信講座を申し込みました。

U目からうろこが落ちる思いのIDE
【3回目H13年=本試験は最大の復習教材。受けっぱなしにしないこと=】
 IDEの通信教材を受け取って驚いたのが教材の質の高さでした。テキストを読むことと、カセットを繰り返し聞くことで今までわからなかったことが「そうだったのか!」とずいぶんと理解でき始めてきました。また短期の年金ゼミと一般常識ゼミだけは通学にしました。井出先生の生講義を聞き、苦手で毛嫌いをしていた年金は、解きほぐされていく実感がありました。短期ゼミで配布された問題も質が高く、相当な手ごたえがあり、問題を取り組む中で力不足を痛感しました。

 時間も労力も異動後の仕事の負担が大きく、通信では学習ペースを作りきれず(今思うと言い訳です。)本試験は、得点不足で不合格。しかし、前年より更に得点できたことが面白くなっていました。受験回数に比例するかの様に択一の得点が伸びる時期があります。この時期私は、点数が上がる達成感を感じる一方で、得点できなかったところの分析をしきれていませんでした。そうです。とても大事な本試験の復習をしきれていませんでした。そして「点数が上がった!何か合格するような気がする。」という曖昧な感覚でいました。これではいけません。本試験の復習を徹底的にやりきること。これが次に必ず繋がります。

V合格圏内の戦いと選択式トラウマの始まり
【4回目H14年=自分の弱点に早く気付き修正せよ=】
 4年目に通学に切り替えました。通信で受け取った教材と配布された問題の質が高いと感じたこと、通学で井出先生の生講義を受けたかったこと、学習ペースを作り上げたかったことが主な理由でした。通学して驚きました。井出先生の講義を聞き、板書を写し感じたことは、何故なのか、どのような経過・背景があってこうなっているのか、しくみはどうなっているのか、どのように考えたらよいのか等々、基本的なことをわかりやすく話して下さり、かつ応用的なところまで掘り下げて教えて頂いていることでした。また受験対策としては突っ込みすぎてはいけない所は、「合格してから考えること。」と一線を引いて下さいました。驚いた事がもう一つありました。通学している方の熱心さでした。講義受付前から並び、受付までの時間テキストを読み、カセットを聞き、教室入室後も予習し、また情報交換し、和気藹々な中にも本当に熱心さがあると驚き、刺激を受けました。通学効果でしょうか。この年の本試験は、今まで超えられなかった択一の合格基準を始めてクリアできました。今までが基準点に向けて上り調子であっても基準点に満たなかったのに、択一のハードルを超え少し自信がついてきました。しかし、選択式で科目別基準点に1点不足し不合格。ここから選択式恐怖症(?)の始まりでした。選択式1点不足はマークミスによるもので、しかも救済のない科目でやってしまいました。悔やまれたのは、正解の選択肢を選びながら見直し段階で別の選択肢に変え、アウト。自滅・・・。ダブルパンチのミスでした。TV「仕事の流儀」で大脳生理学者の先生が「脳は空白の時間があると耐えられない。何かしたくなる。」といった話をされていました。私のような経験はありませんか?時間が余り見直しをして、頭の中にムクムクと他の選択肢が気になり始め、迷ったら最後、わざわざ誤りに変えてしまい命取りになったこと。私はとてもありました。そしてこの手のミスは、舞い上がっている時ほど起こりました。またほんの少しでも迷ったときに起こりました。「おしかったね。」なんて言われると、「自分には力がついてきているのに、運が悪かっただけかも?」と錯覚し、自己防衛し始めていました。マークミス、迷って解答変更命取りのミス。とりわけ迷うことが自分の弱点と課題化するのが遅れ、幾度も受験を重ねました。

【5回目〜8回目H15〜H18=あと一点で泣くのは何故?=】
 4回目の受験で択一合格基準を超え、択一がほぼ基準点に達してきている一方で、選択式はいつも救済のない科目での1点不足が続きました。本試験では選択式の1点不足がメンタル的にはトラウマとなっていました。問題用紙を開いたとたん目に飛び込んでくる設問。「え!難しい問題がある!」(健康保険高額療養費の数字だらけとか、社一の歴史的経過とか、労働基準法ノーマークの数字とか)など一瞬でも舞い上がった瞬間に頭がフリーズする状態です。それが選択式全体に影響が出てしまい、落ち着けば解ける科目も解けなくなり、更なる失点につながっていました。H18年は復元回答すら写せませんでした。「何でいつもみんなが解ける問題をはずし、救済される科目は大丈夫なのか?」と随分悩みました。あと一点足りない、救済がない科目を落とす。これは、他の人がわかっているのに自分だけがわかっていない所を自分自身で修正していくしか方法がないように思います。一点不足、選択式トラウマ対策は、メンタル対策と徹底的な自己分析と課題設定しました。

 また長期の受験になっていることで、IDE塾の質の高い講義を受けながら、目からウロコが落ちる思いをしながら、毎度毎度落ちることに申し訳なさを感じ、「IDEに迷惑をかけている。」と居たたまれない気持ちでいました。「IDE塾のためにも絶対落ちることはできない!」と思いました。

W学習方法(本題)
【9回目H19年 =徹底的な自己分析でミスしてもあり余る点数をとると心に決める=】
 上記の経過から、9回目に向けた学習では、常に曖昧な箇所の意識化を図りました。
 井出先生は、どこで迷うのか、どこで曖昧になるのか、引っ掛かりやすいところはどこなのか教えて下さいます。その上で、更に自分はどこで迷うのか、曖昧になるのか、自分自身にしかわからない症状(?)の分析をする必要がありました。「みんながわかるのに自分にはわからない」そこを発掘するのです。模試でも答練でもデータをいただけます。データがなくても何故自分が誤ったか、正解しても理由が誤っていないか、正解しても理由・論点を迷わなかったか分析することは出来ます。
 以下、具体的にやってきたことをまとめてみます。

【具体的な学習方法】
W−@本科講義までに
(1) 教材が配本されたら,まず各章の扉にある改正点を把握する。
(2) 過去問マーク
テキストに論点のマーカーを塗る。(井出先生のご指導通り)
テキスト欄外に出題年を記入(exH191A)し、テキストマーカー上又は欄外に本試験表現や論点を記入する。
過去問の解答解説欄にテキスト該当ページを記入。
おまけの作業→過去問解説欄に四角で(exH181A)等出題年と設問肢が書いてある。そこを年別にマーカーの色を決めて塗る。結構楽しい。これは、出題年の傾向を把握するためにやりました。(H17年は一問構成で出題。その後出ていないとか、毎年一肢出るとか)
(3) テープを聞く。
(4) 過去問論点を中心にテキストを読む。
(5) テープで先生が解説していた点で、新たに気付いた所や曖昧だった箇所をテキストに書いておく。(井出先生のちょっとした解説等、テキストには書かれていない部分もメモする)
(6) 板書ノートをコピーしてテキスト該当ページに切り張りする。特にカセットテープで取り上げられた部分は張っておく。(コピー裏の白紙部分は、講義での板書を写すスペースとして活用する)
(7) 余力があれば、前年度の答練で、改正がないところを解いて復習兼予習する。前年曖昧だった点が修正できることもあった。
(8) テキストは、ゼミ教材も含め単元ごとにインデックスをはる。科目を大枠で捉えることと、試験一ヶ月前の焦り防止のため取り組む。(テキストをすぐ開ける)
W−A講義
(1) 板書はノートにとる。大判のB5最も厚いのにとる。これは短期ゼミが始まる頃に活用できた。
(ゼミに持っていき、ゼミ講義を受けつつ、既にとった板書を時々開き復習・確認する)
(2) 板書をテキストに転記する。この時板書で先生がどんな解説をしていたか意識して転記する。
W−B講義後の復習と答練・模擬試験復習
(1) 過去問を解く。この時ミスした点を大切にする。何故ミスしたのかを分析する。この時のミスは大事。曖昧点がどこかという自己情報の宝庫あり、修正情報の宝庫になる。
(2) 過去問は、解答解説をよく読み、解説にもマーカーかラインを入れる。
(3) 講義テープを録音し、わかっていない部分を中心に聞きなおす。(全部は聞きなおせなかった)
(4) テスト問題や答練も過去問同様、テキストにマークする。その後に受ける答練の問題や、短期ゼミで受け取る問題集と区別するため、記号をつけておく。
(ex確認テスト択一は→kt1A 答練選択はTS1A 択一はTT1A 一問一答はT1−1)
後に復習するときに焦らないですぐに問題を引っ張り出せる。
(5) 中間模試・最終模試も同様。私は、中間模試はM1Aとか、最終模試はL1A等記号わけする。
(6) 模試はとりわけ解答解説を丁寧に読む。(ミスしたところをテキスト確認することは模試の時期にはルーティンワークになっていました。)
(7) テストや資料は、すかさずファイリングする。
(8) 講義や答練の復習は一週間以内にする。
模試は、L社とT社を申し込みました。選択式問題を知っておきたかったからです。特にL社の3回ある模試は一回しか会場受験しませんでした。模試もIDEだけで充分です。択一は受けっぱなしでしたし、母集団に対する自分の位置も気にしませんでした。
W−C問題訓練(ここが私にとって効果的な自己分析対策であり、選択式対策になっていました)
(1) 条文順過去問 100問ずつシートを作成し、問題数分の枚数をホチキス止めする。一枚目を選択式シートにする。すると問題を解くときに右側が白紙となる。問題を解きながら、少しでも迷ったところを白紙部分にどんどん書き込む。
(2) 正誤のチェックをしたら、ミスした所、正解できても論点ミスした所をテキストに戻り確認する。また正誤にかかわらず、書き出した曖昧箇所をテキストで確認する。ここで自分が迷ったわけを徹底的に分析する。曖昧点のリストアップと何故迷ったのかの分析に力点をおく。迷う理由は自分でも「なんでこの数字と混ざるのか?」とあきれるようなものもありましたが、そこが大事でした。
(3) 本試験一週間切っても白紙部分に少しでも迷った点を書き出す方法を取り組む。
(4) IDEの本試験スタイルの過去問は合宿後中心的に取り組みました。問題シートを閉じて一瞬でも迷った部分は書き出しては、何度もテキスト確認する。
W―D短期ゼミ
 短期ゼミは、全て受けました。何故ならゼミを受けることで忘れていた部分が呼び起こされること、講義を受けることで曖昧な部分を含め復習できること、受験上落とせない所が確認できるからでした。しかしそれ以上に、ゼミで配布される問題集が貴重な教材だったのです。選択式で何度も1点不足にあったと書きましたが、ミスした所がゼミで提供される問題集に本試験で出された問題が盛り込まれていたからです。「あっ!本試験の問題!ゼミ問題にあった!」と本試験後に気付く。これは何問もありました。この経験から、5月以降直前期までゼミ問を、時間をあけて何度か取り組みました。忘れた頃にやると効果があるようです。ただし、法改正テキストに盛り込まれた問題は時間を見つけては取り組みました。なるべく持ち歩くようにして、ちょっとした待ち時間などに常に触れているよう心がけました。

W―E合宿
 過去問合宿にも参加しました。仕事から切り離され、集中することで意識は本試験まっしぐらになります。日常から強制的に隔離されたかったこともありましたが、H18年本試験でびっくりすることが起こっていました。本試験を解きながら、合宿で受けた井出先生の講義が、板書も含めてありありと浮かんできたのです。特に年金は安定した得点に繋がっていました。8月は過去問確認が非常に有効です。本試験が過去問から出題される訳ですから、得点に直結するのも当然でしょう。そしてこの時期は精神的には相当追い込まれる時期です。合宿で井出先生や講師の先生方と時間を共にさせていただくことは、相当支えられました。

 こんなこともありました。解散日、チェックアウト後、最後のコマを受ける時に、なんと!部屋の忘れ物をS先生が渡して下さいました。それがまたどうしようもないもので、「捨ててきてもいいかな?」というつもりのくたびれた靴下でした。そっと渡して頂いたとき「S先生にこんなことさせてしまった!絶対に落ちるわけにはいかない!!」背水の陣の感覚がさらに強まり、「合格するしかない!」と強く思い、微塵も「落ちたら」とか「不合格」とか、そんな言葉はなくなっていました(これらの言葉やイメージは、本試験終了後にむくむくと湧き上がり、選択式で全科目基準点に達していても、択一式55点をとっていても「私が合格するはずがない」「絶対マークミスがある」と信じ込んでおり、直前期の気迫と正反対に不合格の意識ばかり強まりました。不合格トラウマだったのでしょう。)。

W―F合宿後
 V−Cの方法で取り組みましたが、ここでは過去問、テスト問題、確認テスト、答練、中間模試、最終模試の論点マークが終わっています。IDEで提供される問題は過去問と合わせると、テキストがイコールその科目が網羅されるようになっています。そして自分のテキストは、過去問・テスト・模試と既に色分けされています(過去問は緑と水色・テストや答練は黄色・ゼミの問題はブルー・模試は紫・選択式過去問はオレンジといった感じです)。過去問の部分とIDEでここは押さえなさいと提供された箇所を意識しながら、とりわけ迷ったり曖昧だったりした箇所を中心にテキストを読みました。超直前期であっても、問題だけこなすのでなく、読んでいる時間に焦りを感じたとしても、テキストには立ち戻るとよいと思います。

Xメンタルコントロール
 いわゆる気迫でしょうか。試験一週間前は気力と体力のぎりぎりまで自分を追い込んでいました。追い込もうとしたというより、そんな状態になっていました。短期ゼミの追加DVDもさらっとしか見ていないものは再度見ました。あと一日、本当にあと一日本試験が遅かったら逆に体調を崩していたかもしれません。体力気力ともに本試験がピークでした。

 試験前日は、この一週間で起こったミスは、試験開始前の時間に叩き込む、昼休みにも叩き込む、こんな気持ちでいました。そのためか、試験当日、朝目が覚めた時、右手に力一杯シャープペンシルを握り締めていました。床についてからも横になりながら一般常識のゼミ問をやろうとしていたのだと思います。目覚めたとき、「寝ながらペンを握り締めていたなんて、初めてだなぁ」と今までの自分と何か違う気がしました。精神的には最後の最後まで曖昧点、押さえきれていない点を潰す意識が強く、それしか考えていなかったでしょう。それでも曖昧な箇所はあり、選択式で科目別の基準点不足はなかったものの、他の人は出来て自分は出来ない問題もありました。たまたま3点確保できる問題構成になっていて救われました。

 また、マークミス対策として問題用紙を取り外し、科目と問題ごとに線を引くやり方をしてきましたが、IDE最終模試からは、用紙を折り、その折線の上に線を引く方法に変えました。その方が早く線を引けるからです。B5やB4用紙を見つけては、折る練習もしていました。どの向きに何回折ると最適か?といった具合です。本試験では見開きB4状態で左が労働、右が社会に分けて活用しました。一分を焦る気持ちの対処方でした。
 本試験択一は、最後まで見直す時間がないまま終わり、しかもマークミスを修正している途中で時間切れになりました。マークミスは最後まで不安材料でしたが、「全力は出し切った」という感覚はありました。

Yメンタル面を支えてくれた言葉の中から2つ紹介します
【何人いたって受かる奴は受かるんだ。アニメメジャーの茂野吾郎】
 本試験の受験者数が〇万人を超えたとか、受験会場の人の多さに圧倒されることはありませんか?そんな時、アニメ「メジャー」で茂野吾郎に言わせている言葉に結構励まされてきました(土曜18時は教育TV再放送メジャーを見ていました。)。受験者数が多くても、自分との戦いです。会場の人の多さなんて関係ありません。受験者数の多さがプレッシャーに感じたときは、茂野吾郎になってみてもいいかもしれません。アニメとはいえあの勝負強さ、意識してみました。

【得意泰然 失意平然 三遊亭円楽師匠】
 この言葉は三遊亭円楽師匠に頂いた言葉です(公演会の色紙に書かれた言葉です)。
本試験に落ちるたびに、何度も思い起こしていました。模試や答練で点数が取れたときや本試験で得点が伸びる時期にも言い聞かせていました。円楽師匠はどんな意味を込めて書いて下さったのでしょうか、未だ探る思いでいます。落ちたときは、バッサリと身を切られる思いをしてきました。不合格の度に失意を感じながらも、この言葉のように「失意平然」で行こうと自分に向き合いました。失敗を、失意を自分自身で受け入れて、一度受け入れた上で自分自身の弱さを認め、その上で立て直し、前向きになろうとしました。不合格でも立ち直るまでは早かったように思います。

【最後に】
 受験回数も多く、とりとめもなく長くなってしまいました。学習方法も書いたことがうまくやり切れたわけではありません。一週間ほとんど学習できないことはままありました。テキストを机に置きながら疲れて寝てしまう事はしょっちゅうでした。また仕事が肉体系、日々喧騒の中であり、静かな状態にいると神経が落ち着き、講義では睡魔との戦いに終始していたと思います。学習時間は朝1時間(もやれればいいほう)、夜は3時間を目標に1時間できればいいほうだったでしょう。まとめて休暇がとれた時は、一日集中して取り組むといった状態でした。ただ諦めず、ひたすらIDEを、井出先生を信じ、やり続けたことが合格につながりました。そして教室を同じくする仲間にも支えられました。時間は大事ですが、ゼミや模試の後にたまに飲みに行ったことは貴重な時間でした。

 そして教材は、いろいろ買うよりIDEのテキスト&カセット・過去問題集・改正ゼミ等短期ゼミ教材、これだけで必要かつ充分です。
 
井出先生、講師の先生方のお話しやアドバイスを信じ、合格を手にされますよう頑張ってください!

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